短編・連作小説 過去編⑧ はじめての出勤

予定より早く家を出た。
電車が遅れる可能性もあったが、それよりも心配だった事。それは精神的な面で職場まで辿り着けるのかどうか。

約30分早く到着した。
以前歩いたときに見かけたコンビニでお昼ご飯を買う。

さて、どうしようか。

季節は11月。午前9時。
風が冷たく、思っていたよりも寒い。
まだコンビニ以外、ほとんどお店が開いていないので、私は公園へ向かった。
そして以前も座った木のベンチに腰掛ける。

うぅ、冷たい……。

15分前には着きたいし、あと10分くらいなら寒さも大丈夫だろう。

ノートを取り出し、接客の挨拶やマナーのページを開く。
頭では分かっている。でも、本当にちゃんと声は出るのだろうか。頭が真っ白にならないか、それが一番心配だった。
まずはクビにならないようにしないと。

がんばれ、がんばれ、自分。
と言い聞かせる。

採用が決まってから、やることはやってきたんだから。そう言い聞かせた。

「あ、時間だ。」

私は立ち上がり、職場へ向かった。
きっちり15分前。

まだシャッターは閉まっていた。
店長の吉田さんが来ると聞いていたが、まだ姿はない。

寒い……。

5分前になった頃、道を歩いてきた男性が声をかけてきた。

「おはよう、川嶋さん。すいません、待たせてしまって。」

「い、いえ、大丈夫です。おはようございます。川嶋と申します。本日からよろしくお願いします。」

「はい、よろしくね。初日頑張ろうか。」

「は、はい。よろしくお願いします。」

吉田さんがシャッターを開け、鍵を回す。
中に入り、手探りで電気をつけていた。

「はい、どうぞ。」

「し、失礼します。」

少し古びているが、清潔に掃除されたグレーの廊下。
先には面接をした休憩室がある。

「じゃあ、荷物はこっちへ。スタッフのロッカーと休憩室ね。面接の場所、覚えてる?」

「はい、覚えてます。でも……緊張してて、ロッカーがあるの気づきませんでした。」

「そっか。でも今日からはここのスタッフだから少しずつ覚えていこうね。」

「はい。頑張ります。」

大きめの声で返事をした。接客には声が大事、とノートに書かれていたから。

「いい返事だね。じゃあこれ、エプロン。つけたら店内に来て。」

「わかりました。」

コートを脱ぎ、エプロンをつける。
そして私は店内へ向かった。

まずは掃除から。
備品の場所を教わり、トイレを掃除を終え、店内の掃除をしながら私は商品棚を見渡す。

店内にはおもちゃからガラスケースに入ったブランド品まで、さまざまな商品が並んでいる。
大物よりも、小物が多い印象だった。
買取って家具やブランド品ばかりじゃないんだな。
以前は緊張でそこまでは考えられなかったので、少し意外に思った。

吉田さんはパソコンを操作している。
開店準備もいろいろあるのだろう。

私はせめて、自分にできることだけでもやらないと。
そう思って、掃除を続けた。

開店十分前。

川嶋さん、お待たせ。開店前に、大事なことを説明するね。」

「はい。」

「販売職が初めてとのことで聞くけど、販売で大事なことって改めて何かな?」

「丁寧な接客で、また来たいと思っていただくことです。」

覚えた通りの言葉をそのまま伝える。

「そうだね。あとは、ここは買取もあるから、気遣いも必要だよね。」

「はい。」

「じゃあ今日は、レジや買取は僕がやるから見ててね。落ち着いたら質問していいから。質問することはすごく大事。」

「わかりました。」

「それともう一つ。川嶋さんが今日からできる仕事。お客様への気配りと声がけ。迷ってそうな方に声をかけたり、たくさん買ってくれた方の袋詰めをしたり、重そうな荷物の方を手伝ったりね。」

「はい。わかりました。頑張ります。」

「よし、じゃあ開店だ。午後からは杉山くんが来るから、余裕ができたらまた教えるね。」

「よろしくお願いします」

吉田さんが自動ドアのスイッチを押す。

「よし、頑張ろう。」

開店の音が胸の奥で小さく響いた。
こうして私の第一歩が始まった。