短編・連作小説 お花見

朝、いつものようにご飯を食べながらテレビを観る。
画面の隅には「桜開花情報」の文字。
ピンク色のアイコンが地図の上に並び、キャスターが「満開ですね」と告げていた。

「満開だ、今日はお花見に良さそう」

以前から、今年の桜もどこか静かな場所で見たいと思っていた。
今日は久しぶりの休日。窓を開けると、入り込んできた風はまだ少し冷たい。

四月上旬。春になり始めたけれど、クローゼットから少し厚めのコートを取り出した。

「一応、これで行こう」

そう決めて、バッグに水筒とお弁当を詰め、準備を進める。

電車に揺られること二十分。
向かったのは、何度か訪れたことのある都心の庭園だ。
私は、広い公園よりもこうした庭園の方が好きだ。
数百円の入場料がかかるからか、あるいは少し「格式」のようなものを感じるからか、一般的な公園に比べて人通りが穏やかな感じかする。
今日は、平日の午前中ならなおさらだ。

……半年ぶりくらい、かな

最後に来たのは、木々が赤や黄色に色づいていた秋の頃だったと思う。

チケットを買い、門をくぐると、立派な枝ぶりの大きな松が迎えてくれる。
その力強い緑を抜けると、視界がぱっと開けた。

大きな池を囲むように広がる緑と、丁寧に手入れされた小径。
マップは見ず、ただ足の向くままに歩き出す。
行き先を決めない散歩をすると、自然と気が楽になる。

しばらく歩くと、遠くに淡いピンク色の木が見えてきた。

「わぁ……綺麗」

近づくにつれ、その圧倒的な存在感に目を奪われる。
そこは庭園の中でも桜が集中しているエリアで、約二十本の桜が咲き誇っていた。

やはりこの場所だけは、少し賑やかだ。
芝生にブルーシートを広げ、談笑しながら花を愛でるグループもいる。

私はその輪からは少し離れ、桜にスマホを向けて写真を撮った。
青空に溶け込んでしまいそうな、繊細な花びら。風が吹くたびに、わずかに枝が揺れる。

何枚か写真を撮ったあとは、スマホをポケットにしまった。ファインダー越しではなく、自分の目で桜を見上げる。
そして私は、その場を静かに離れた。

昼を過ぎると、雲が切れて柔らかな日差しが降り注いできた。
空気の角が取れ、コートの重みが少しずつ温かさに変わっていく。

「ここでいいかな」

少し離れた、椅子のある場所に座る。
喧騒からは遠い、景色の良い場所。
私はカバンからお弁当箱を取り出す。
中身は、昨夜の残りのきんぴらごぼうと、朝ごはんの残りの卵焼きとおにぎり。

豪華な花見弁当ではないけれど、外の空気の中で食べるだけで、それは特別なご馳走に変わる。

「……美味しい」

一口噛みしめるごとに、疲れていた体の内側が解けていく気がした。

食後は、なんとなく景色を眺めながら、持ってきた小説を読み始める。
ページをめくる指先に、時折ひんやりとした風が触れる。
景色を眺め、文字を追い、またふと目を上げて景色を見る。

かつての忙しない日々の中では、こんなふうに「ただ景色を見るだけ」の時間を持つことはなかった私。
あの時に比べたらだいぶ落ち着いたなと思う。

一時間ほど読書を楽しんだだろうか。
日が少し傾き、再び肌寒さが戻ってきた。

「そろそろ、帰ろう」

これ以上長居をして、風邪を引いてしまっては明日の仕事に響く。私は本を閉じ、出口に向かった。

帰り道、門へ向かう途中で最後にもう一度だけ、池の向こうに見える景色を振り返る。

春の桜は、いつもあっという間に過ぎ去ってしまう。
けれど、桜は来年も咲く。

「また来年も来ようかな。別の庭園もいいかも」

そんな事を思いながら、自宅への道を歩いた。

あとがき

お花見の季節ですね。
ご飯を食べてお酒を飲んで楽しむ人もいれば、川嶋さんの様に写真を撮って少しだけ見て楽しむ人もいます。

毎年やってくる桜の季節。
皆さん様々な過ごし方でお花見を楽しんでくださいね。