短編 私は誰なのだろうか

朝になった
日差しが眩しい
ここはどこだろう
木がたくさんある
外だろうか

朝なのはわかるのに自分がわからない
足はある
歩いている

でもどこかふわっとしていて
意識が朦朧としている

そんな中をひたすら歩く

どれだけ歩いただろう
たくさん歩いているのに外は朝のままだ

思ったより歩いていないのだろうか
誰ともすれ違わない

どれだけ歩いただろう
たくさん歩いているのに外は朝のままだ
思ったより歩いていないのだろうか

意識が朦朧とする中で
ふと、自分の足元を見る

歩いているはずなのに音がしない
影も見当たらない

よく見れば、私の足は地面に触れておらず
わずかに浮いていた

そして
爪先はいつの間にか
植物の根のように、歪に変化し始めていた

意思に反して、足が地面へと引きずり下ろされる
根が、土の奥深くへと這い回る

私の意識は途絶えた



ここは、どこだろう
見渡す限りの、木、木、木。

――ああ、そうか

すれ違うはずが、ないのだ
だってみんな、もう動けないのだから



どれくらい固まっていただろうか
記憶は薄れているが時々意識はあった

空が暗く見える
夜になったのか
私の目から見える景色が黒くなったのか

しかし真っ暗ではない
森の中なのはわかる



しばらくして何か眩しくなり目を開く

虹だろうか
七色の虹が見えた

外は暗いままだ

しかし、私はその虹から目が離せなかった



私はその虹をずっと見ていた

どのくらい見ていたのかわからない

しかし虹はいつの間にか消えてしまった



虹は消えたが、空が明るくなっていた

朝だろうか
いや、あの時の朝とは違う気がする

緑の匂いがした気がした 

私の目の前にあった葉っぱが目の前で伸びている
それだけ日にちが経ったのだろうか

ふと、足が軽くなった気がした
まだ歩けないが少し動く

しかしそこまでだった
突然頭が痛くなった

そこで私の意識は途切れた



目が覚めたら朝になっていた

足が軽い

軽い?

いや、飛んでいる?

私は自分の体を確かめる

周りに鏡はない

しかし、隣に同じものがいたのがわかり、自分の身軽さも含め、わたしが何なのかを察した



私は蝶になっていた
そしてひとつだけ思い出したことがある

私はかつて、人間だった
車にぶつかり、そのまま意識がなくなった

遠のく意識の中、一度でいい
妻に会いたい思った

蝶になった姿で彷徨い続けた

ひたすら探し続けた



どのくらい経ったのだろう
私の知っている景色がそこにあった

家を見つけた
家の中を窓から覗くと妻がいた

少し老けただろうか
それでも私には妻だと分かった

ずっとそこにいたせいか、
妻が窓を開けた

「あら、黄色い蝶々さん」

「綺麗ねぇ」

妻は指を出し私はそこにとまった

「なぜか落ち着くわ」

妻は私ではなく、遠くを見つめながら言葉を紡いだ

「あの人がいなくなってしまって、もう10年経つの」

「あの人は巻き込まれてしまったの」

「私が買い物を頼まなければ、生きていたかもしれなかった」

「後悔だけが残って、生きていることに疲れてしまったの」

「でも娘が一緒に住みたいと言ってくれて、助けられたわ。孫のかなちゃんが大きくなって来たから、今は離れて暮らしてるけど」

「それでも、今もかなちゃんを連れて、よく遊びに来てくれるのよ」

「幸せだわ。生きてて良かった」

と妻が言った
そう言いつつも少し寂しそうに見えた

でも私はその言葉がとても嬉しかった

良かった
妻に会えて良かった

最後まで幸せに生きてほしい

ありがとう
私のことを覚えていてくれて

本当にありがとう