短編・連作小説 実家に帰ることにした年の暮れ 前編

クリスマスが終わり、街の雰囲気が少しずつ年末に切り替わってきた。
スーパーにはお正月用の食材が本格的に並び始め、テレビからは今年を振り返る音楽番組が流れる時期。

私の部屋も、十二月からこつこつと続けてきた大掃除が、ようやく一段落したところだった。

十二月中旬、母からメールが来ていた。

「年越しは帰ってこないの?」

それだけの、短い文章。
すぐに返事をする気になれず、しばらく画面を閉じたままにしていた。
帰れば、近況を聞かれる。体調のこと、仕事のこと、これからのこと。
悪気がないのは分かっているけれど、今はあまり深く話したくなかった。

迷った末、大晦日一泊だけすることにした。
元旦のお昼頃に帰ります、と。

私が精神的に一番しんどかった頃、仕事もままならなかった時期、両親には随分と助けてもらった。
無職の中、生活のことなど何も言わずに受け止めてくれた。
でも、その何も言わなさが気まずくて、私は家を出た。

本来なら、結婚や相手について聞かれてもおかしくない年齢だ。
けれど両親は、いつの間にかその話をしなくなった。
今は、とりあえず私がきちんと仕事をしていることに、安心しているようだった。

今の家で一人暮らしを始めて、気がつけば一年が経っている。
気まずさは残っているものの、会えば普通に話はする。
自宅からもそれほど遠くないため、数か月に一度、家族で外食をすることもある。

ただ、特別に仲がいい家族というわけではない。
それでも、年末くらいは顔を出したほうがいいのかもしれない、と思った。

仕事始めは三日から。
二日は家で、できるだけ静かに過ごしたかった。
だから泊まりは一泊だけにした。
中学や高校の旧友とも疎遠で、あまり長くいても仕方がない。
そのことを伝えると、母はそれでもいいと言ってくれた。

手土産をどうするか少し迷って、年越し蕎麦と和菓子を買うことにした。
派手なものではないけれど、毎年決まって食べるものだから、かえっていい気がした。

実家までは電車で四十分ほど。
普段なら少し面倒に感じる距離だけれど、今日は不思議と遠く感じなかった。

改札を抜けると、駅前は思ったより静かだった。
電車に揺られながら、窓の外をぼんやり眺める。

見慣れた景色が流れていく。

二か月に一度くらいは、実家に顔を出している。
両親とご飯を食べて、少し話して、自宅に帰る。
泊まることは、ほとんどなかった。

久しぶりの「帰省」と呼ぶほどでもない帰省。
でも今日は、大晦日だ。

最寄り駅に着き、改札を出る。

冷たい空気が頬に当たり、思わずコートの前を閉じた。
手に持った袋の中で、蕎麦と和菓子が静かに揺れる。

実家のある方へ歩き出す。
この道を歩くのは、何度目だろう。

大きな街ではないから、年末の賑わいも控えめだ。
それでも、店先の正月飾りや、少し早足で歩く人たちに、年の瀬を感じる。

懐かしいというほどでもなく、緊張するわけでもない。
ただ、少しだけ背筋が伸びる。

角を曲がると、見慣れた家が見えた。

築三十年以上の二階建ての一軒家。
私が小学生の頃に、両親がローンを組んで建てたらしい。

まだ家の中に入ってもいないのに、
「ああ、帰ってきたんだな」と思った。

そして、一呼吸置いてから、インターフォンを押した。


あとがき

年末の過ごし方には、本当にいろいろな形があるなと思います。

実家に帰って家族と過ごす人もいれば、仕事をしている人。
一人で静かにテレビや動画を見ながら年を越す人、オンラインで友人や知人とつながる人もいる。

どれが正解というわけでもなく、その人なりの事情や、考えがあるかと思います。
川嶋さんにとっての年末も、その中の一つのような気がしてこのお話を書きました。

※年末編は3話ありますのでもう少し続きます