短編・連作小説 ひとりのバレンタイン、ふと思い出したその場所へ

2月14日、土曜日。 メディアでも外を歩いても世間はバレンタイン一色。 けれど、そんな日に限って仕事は休みだった。

自分用のチョコレートは事前に奮発して買ったし、職場の皆さんへのチョコレートも渡した。 本来なら、暖かい部屋でのんびり過ごせばいいはずなのに、じっとしていると、心の隙間に冷たい風が吹き込んでくる。

――このままで、いいのだろうか。

私はアラフォー。 あと数年で40歳になる。
世間が引いた見えない境界線の上に立っているような、そんな年齢。 時々ふと、こうして将来への漠然とした不安に飲み込まれそうになる。
けれど、いつも思うだけで、具体的な行動には移せない自分。

「……よし、外に出よう」

答えの出ない思考を断ち切るように、私はコートを手に取った。
どこか、混んでいない静かな場所へ。

とはいえ、2月14日の土曜日。
混んでいない場所なんて、なかなか思いつかない。
駅に向かい、なんとなくやってきた、いつもの電車に乗る。 いつも降りる駅を通り過ぎ、車窓から流れる見慣れない景色を眺めているうちに、ふとあの駅を思い出した。

吸い寄せられるようにその駅で降り、私は記憶を頼りに小さな公園へと向かった。

空は突き抜けるように晴れているけれど、季節は冬だ。 厚手のコートにマフラーを巻いていても、空気は刺すように冷たい。

「懐かしいな……」

あれから、もう2年以上が経つのか。
そこは、かつて事務職の面接を受けた日、ボロボロの心で立ち寄った、なんの変哲もない小さな公園だった。

バレンタインの日でも、ここにはあまり人がいない。 遊具も少なく、ただベンチがいくつか置かれているだけの場所。

あの日、私はここで「あの人」と出会った。
絶望していた私に言葉をかけてくれた、帽子の人。 もしあの出会いがなかったら、今の職場で働く私も、こうして穏やかに休日を過ごす私も、いなかったのかもしれない。

ふと、空を見上げた。 あの日、必死さと不安で押し潰されそうだった私は、こうしてゆっくり空の色を確かめる余裕すら持てなかった。

今だって、不安が消えたわけじゃない。 でも、あの日抱えていた真っ暗な不安とは、少しだけ色が違う気がする。

鉛筆画の風景から12色の色鉛筆で描いた風景に変わったような。
でも、まだそれ以上の色は増えていないけれど。

冷え切ったベンチに腰を下ろす。
公園に来る前にコンビニで買った袋を開けた。

入っているのは、カステラとゼリー飲料。
あの日、あの人がくれたものと同じ組み合わせ。

「いただきます」

冬の静寂の中で、私はそれをお昼ごはんにした。 ふわっとした甘いカステラを食べつつ、ゼリー飲料を飲む。
美味しい。
けれど、やっぱりあの日ほどではないなと思った。
この二つだけでは喉が渇くので、コンビニで買ったお茶も一緒に飲む。

ふわっとした甘さが、生き返るような感覚を与えてくれたあの時の味。
なんて事ない、りんご味のゼリー飲料。今でも美味しいけれど、少し違う。

今の私には、そこまでの切実さが必要ないのだと思うと、少しだけ鼻の奥がツンとした。

一人は、やっぱり寂しい。 でも――。

溢れそうになる涙を、ぐっと堪えた。 今はもう、泣かなくても前を向けるはずだ。

「風邪をひく前に、帰ろう…」

残ったカステラを袋に戻し、もう一度、高い空を見上げる。

ありがとうございました。私は、もう少し頑張ってみようと思います。

そこは神社でもなんでもないけれど、私はあの日の恩人と、今の生活に向けて、静かにお辞儀をした。
駅へと向かう道、マフラーに顔を埋める。 頬を打つ風は相変わらず冷たかったけれど、心にはほんのりと、カステラのような優しい甘さが残っていた。


あとがき

バレンタインですが、今回は静かな話を書きました。
どこに行こうか
ふと、その駅を見てを思い出し、その場所に向かう。
そんな思い出のお話しです。

川嶋さんと帽子のあの人との出会いは過去編②に登場しています。

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