お昼休憩を終えて、私は再び店舗へ戻った。
「お疲れ様です。お昼、いただきました」
店舗で2人に声をかけると、吉田店長が顔を上げた。
「おかえり。しっかり休めたかな?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「それは良かった。じゃあ、入れ替わりで俺も休憩に行ってくるよ。午後は杉山くんに付いて、いろいろ教えてもらってね」
「はい、ありがとうございます」
店長はそう言って、隣にいた杉山さんに声をかけた。
「じゃあ杉山くん、あとはよろしくね」
「わかりました。お疲れ様です」
そう言って、店長がバックヤードへと消えていく。
残されたのは、私よりも若いだろうけれど、どこか落ち着いた雰囲気の男性、杉山さんだった。
「あの、改めまして川嶋です。販売は初めてで、最初はご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、本日から、よろしくお願いいたします」
私が深々とお辞儀をすると、杉山さんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに丁寧に応えてくれた。
「ご丁寧にありがとうございます。杉山です。ここで働き始めてからそれなりに長いので、わからないことは何でも聞いてください。
店長の扱いや、あの人の大雑把な部分のフォローにも慣れてますから。
店長が適当なことを言ったり、説明を端折ったりしたら僕が修正しますので、何でも聞いてくださいね」
「はい、わかりました」
杉山さんの言葉に、私は思わず小さな苦笑いを漏らしてしまった。
でも、店長を心から信頼しているからこそ出る、親しみのこもった軽口にも聞こえた。
お昼過ぎの時間帯、店内はそれなりに賑わっていた。
買取の持ち込みは落ち着いていたけれど、レジへ並ぶお客様や、棚の前で探しものをするお客様が多かった。杉山さんはテキパキと接客をこなしながら、合間を見て私に声をかける。
「あと、これ。簡単なものですが、一応研修の方向けの資料ですので渡しておきますね」
差し出されたのは、ホチキスで止められた数枚のA4サイズの用紙だった。
「ありがとうございます、とても助かります」
「いえいえ。時間がある時に目を通しておいてください。
……あ、ただ、お客様がいらっしゃる時はなるべく見ないようにお願いします。お店の印象の問題もありますから」
「はい。わかりました。自宅に帰ってからじっくり読みます」
「初日からそこまで頑張りすぎなくて大丈夫ですよ。
しばらくは一人になることもないですし、わからないことがあれば、その都度聞くことが大切です。
あとは……そうですね、メモをしっかり取ること。
なるべく何度も同じことを聞かなくて済むように心がける。
これは基本ですが、一番大切です」
杉山さんは一度言葉を切って、私の目を見て続けた。
「あと質問する時は、周りの状況を見てからお願いします。
例えば、僕がお客様と話している時に空気を読まずに割り込むのはNGです。……まあ、川嶋さんはそのあたり、心配なさそうですけど」
「あ、はい。気をつけます」
彼の「大丈夫そうですけど」という一言に、少しだけ安心した。
接客が初めてでも、信頼はされているのかもしれないと思ったからだ。
「今日は初日なので、レジ操作は基本的に横で見ているだけでいいです。
でも、もし何かあった時のために、一通り流れだけは説明しておきます。
……あ、それと。もし体調が悪くなったりしたら、遠慮せずに必ず言ってください。無理をされて急に休まれるのが、店舗的にも一番困りますから」
「せっかく入社されたのですから、ここで長く続けてもらうのが一番だと思っています。無理せず頑張ってください」
「ありがとうございます。頑張ります」
やがて店長が休憩から戻り、スタッフが三人体制になると、杉山さんは本格的に実務を教えてくれた。
私はポケットからメモ帳を取り出し、教わったことを必死に書き留めた。
レジ操作の基本、バーコードの読み取り方や細かい機能について、そしてお客様対応の最初の手順。
私が必死にペンを動かしている間、杉山さんは急かすことなく、書き終えるのを待ってから、次の説明を始めてくれた。その少しの沈黙が、今の私にはとてもありがたかった。
ふと視線を感じて顔を上げると、少し離れた場所で段ボールに入った商品のの査定をしていた吉田店長が、こちらを見ていた。
店長は、常連客と親しげに談笑したり買取作業をこなしたりしながらも、時折私たちの様子をうかがっては、満足そうに小さく笑っている。
(吉田さんも、杉山さんも……いい人だな)
私はそんなことを思いつつ、夕方までの業務を無事にこなし、ホビーショップでの最初の一日を終えた。