橘さんと別れた私たちは、次の目的地へと向かった。
そこは、シャッターの下りたお店の正面ではなく、倉庫の入り口だった。
水谷さんがインターフォンを鳴らすと、間もなくして店長が顔を出した 。
「お、来たね。二人とも」
「はい、今日はよろしくお願いします!」
私が少し緊張して頭を下げると、店長は肩をすくめて笑った。
「堅苦しいよ、川嶋さん。今日はオフの集まりなんだから。水谷さんも、わざわざありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ楽しみにしていたんですよ〜」
「上で杉山くんが準備してるから、上がって」
店長に促され、私たちは階段を上って屋上へと向かった。
屋上へ出ると、心地よい夜風と共に杉山くんが迎えてくれた。
「二人とも、お疲れ様です。わざわざありがとうございます。二人が来てくれなかったら、店長と二人きりになるところだったので、そうなったら僕はお断りして帰るつもりでした」
「ちょっと、それはないよ杉山くん!」
店長が慌てて声を上げるが、杉山くんは淡々と続ける。
「いや、男二人きりで屋上で花火を見るなんて、普通に嫌ですよ。中村がいるならまだいいですけど」
「相変わらずのコンビですね〜」
水谷さんが楽しそうに笑う。
「普段、私は午後のシフトにいないから、二人の掛け合いを聞いているだけで新鮮で楽しいです〜」
そんな二人のやり取りを見つめながら、私はあはは、と少し苦笑い混じりに笑った。
すると、店長が屋上のテーブルを指さした。
「一応、コンビニでおつまみとか飲み物は買っておいたよ」
「私たちも、来る前に少し買ってきました。サラダとかパンとか……」
あえて男の人が買いそうなおつまみ系は避け、つまみやすい軽食を選んで持ってきたのだ。
「ありがとうございます、助かります」
杉山さんが嬉しそうにそれらを受け取ってくれる。
そんな何気ない会話を交わしながら、私たちは花火の時間が始まるのを、少しの雑談と共に待った。
やがて、夜空にドン、と重い音が響き渡った。
「お、そろそろかな」
それを合図にするかのように、次々と音が響き、夜空に大輪の花火が開き始めた。
建物の影になって完璧にすべてが見えるわけではないけれど、半分ほどはきれいに顔を覗かせてくれる。
昨年と同じメンバーというわけではない。
それでも、こうして職場のみんなと並んで見上げる花火は、とても綺麗に見えた。
大音響のなかでは、言葉を交わしようとしてもお互いの声が聞こえない。
だから私たちは、無理に喋る訳でもなく、それぞれ静かに夜空を見つめて花火を楽しんだ。
時間にしておよそ二十分。短いけれど、とても印象に残る花火だった。
「……終わっちゃったね」
消えゆく火花の余韻のなか、店長がみんなを見渡して言った。
「皆さん、これからもよろしくね。これ、毎年の恒例行事にしようかな」
「来年まで、スタッフが辞めずに続いてればいいですけどね」
相変わらず冷静な杉山くんのツッコミが入る。
「私は今のところお店を辞める予定はないですから、予定が合えば来ますよ〜」 と、水谷さんも微笑む。
私も心から「とても楽しかったです」と応えた。
まだお腹に残っていた軽食をつまみながら、しばらくの間、余韻に浸るように雑談を交わす。
街の喧騒が少し落ち着いた頃、みんなで後片付けが始まった。
「私も片付けますよ」 と私が一声かけたが、店長は首を横に振った。
「わざわざ来てもらったからね。それに女性たちは早く帰ったほうが良いと思うし」
その言葉に甘えさせてもらうことにして、私と水谷さんは、店長と杉山さんにお礼と挨拶を済ませ、一足先に倉庫の屋上を後にした。
駅へと向かう帰り道、水谷さんが並んで歩きながら私を振り返った。
「川嶋さん、今日は一日ありがとう。とっても楽しかったです」
「私もです……。本当は、ずっと水谷さんと出掛けてみたかったんですけど、なかなか自分からは言いづらくて」
水谷さんは驚いたように目を丸くした後、すぐにいつもの温かい笑顔を浮かべた。
「そうなの? これからはいつでも、遠慮なく誘ってくれていいのよ〜。私は川嶋さんと一緒だといつも楽しいもの」
「はい! ありがとうございます。では、また職場で」
また職場で、と言い合って、私たちはそれぞれの帰路についた。
(楽しかったな、本当に)
ちょっとした幸福感を感じつつ、私は、もう花火の光も見えない暗い夜空を見上げ、駅へと歩み進めた。
昨年の花火大会の話はこちら
