短編・連作小説 金木犀の香り

朝晩が涼しくなることが増えた。
最近、時間に少し余裕がある日は、いつもと違う道から出勤している。
といっても、ほんの5分ほどの遠回りだ。

その道の途中に、小さな学校がある。
校門のそばに並んだ金木犀の木が、今まさに満開を迎えていた。
通りかかるたびに、ふわっと甘い香りが風に乗って流れてくる。
思わず足を止めて深呼吸をすると、胸の奥がすっと落ち着いていく。

「この香りがする季節は、やっぱり好きだな」
そんなことを思いながら、職場へと向かった。

午前の店内は落ち着いていた。
水谷さんと二人で、売れ残った買取品の整理をしている。
改めて商品の状態を確認して、
怪しいものは今後、店長と相談して価格の見直しをするためだ。

私は手を動かしながら、水谷さんに今朝のことを話してみた。

「最近、金木犀の香りが好きで、少しだけ寄り道して香りを楽しんでから出勤してるんです」
と私が言うと、水谷さんが手を止めて顔を上げた。

「金木犀の香り、いいわよね」
「学校のそばに木がたくさんあって、通るたびに癒やされてます」
「風に乗って香ってくる感じが、またいいのよね」
「そうなんですよ。秋らしくて好きです」

「あ、そういえばね」
と、水谷さんが少し思い出したように言った。
「最近、桂花茶(けいかちゃ)っていう金木犀のお茶を買ったの」
「桂花茶……名前は聞いたことあります。どんなお茶なんですか?」
「香りがね、すごくやさしいの。金木犀の香りが好きなら好きだと思うわ」
「そうなんですね。調べてみます!」

「あ、それならまだたくさんあるから、今度少し持ってくるわね〜」
「いいんですか!ありがとうございます。楽しみにしてます!」

水谷さんにはいつもいろいろいただいているから、
今度お菓子でも持っていこうかな。
そんなことを思った。

水谷さんと別れ、店長が出勤。
午後はお客様が続き、時間があっという間に過ぎていった。

「午後、忙しくて疲れたな」
ふとそうつぶやいて、帰りもまた同じ道を選ぶ。

風が頬にあたって、ほんのり金木犀の香りが混ざる。
昼間よりも控えめな香りなのに、
それがかえって穏やかで、やさしく心に残った。

「桂花茶、どんな香りなんだろう」
そんなことを思いながら、
私はゆっくりと帰り道を歩いた。

あとがき

金木犀の香りには、どこか懐かしさとやさしさがあります。
風に乗ってふっと香るたびに、季節の移ろいを感じますね。
水谷さんとの何気ない会話の中にも、
小さな楽しみがあるのもいいなと、そんな時間を書いてみました。
次の休みには、川嶋さんが桂花茶を淹れている姿が浮かびます。

※桂花茶とは、乾燥させた金木犀の花を香りづけしたお茶のこと。
 ふんわりと甘い香りが特徴で、中国や台湾などでは秋の定番として親しまれています。