短編・連作小説 過去編③ 小さなありがとう 『川嶋夏希』

その男性と出会ったあと、私は少しずつ「頑張ってみよう」と思うようになった。

あの時の面接は、当然ながら落選した。

それでも、ハローワークの相談員の方と話し合いながら、病院にも通いながら、少しずつ就活を続けていった。

そんな中で、相談員の方から「セミナーや職業訓練はどうですか」と勧められた。

グループワークが苦手な私は、まずは一日だけのセミナーなら……と思い、何度か参加してみた。

そこでは参加者とのやり取りもあったが、その場限りなのでなんとかなった。

そして、ある日のセミナーの帰り道のこと。

「きゃ…!」

驚いた声が聞こえた。
声の方に目を向けると、キャリーカートを引いていたおばあさんの荷物が、突然バラバラと道に散らばった。

おそらく、スーパーの帰りなのだろう。

野菜や果物が道端に転がっていく。

幸い、車や人通りも多くない道だった。

私は、気がつけば走り寄って散らばった荷物を拾い、おばあさんに手渡していた。

「まあ、ありがとうね」

「いえ」

私は落ちていたものを全て拾い終い、おばあさんはキャリーカートに収めた。

「これで全部ですか?」

「ええ、大丈夫だと思うわ。自転車が急に通ったものだから、びっくりしてしまってねぇ」

「お怪我は?」

「大丈夫よ。本当に助かったわ。ありがとう」

そう言うと、おばあさんはキャリーカートからひとつのお菓子を取り出した。

スーパーでよく見かける、あんこのお饅頭だった。

「これ、よかったらどうぞ」

「え、でも…」

「いいから受け取って」

「あ、はい。ありがとうございます」

おばあさんは会釈し、キャリーカートを押してゆっくり歩き出した。

私はお饅頭を鞄にしまい、同じ道を歩き出す。

ありがとうって言われた。
ふと、その言葉を反芻してしまう。

もしかしたら私はおばあさんの役に立てたのだろうか。
気がつけば走って荷物を拾っていただけなのに。
お饅頭を貰えるほどの何かをしたつもりはなかった。

ありがとう…。
少しだけ暖かい気持ちになった。

前までは幸せな人を見ただけで嫌な気持ちになっていた自分が嫌いだった。
今もまだ悲しい気持ちになることもある。
みんな幸せそうなのに、私は…と。

でもさっきのおばあさんとのやりとりは少しだけ違う気がした。

少しだけ、役に立てたのかな。
私もあの人のように。