短編・連作小説 過去編⑥ 面接 『川嶋夏希』

そして面接当日。
場所は分かっているので、少し早めに到着し、周辺を歩きながら落ち着くために深呼吸をした。

大丈夫、大丈夫……。

いざ入る直前、やっぱり「お客」として入るのではないことが妙に怖かった。

五分前。意を決して店内へ足を踏み入れる。

「いらっしゃいませ」

あの店員さんだ。私に気づいたようで、すぐに声をかけてくれた。

「川嶋さんですか?」

「はい、面接の予約を……」

「お待ちしてました。じゃあ杉山くん、あとはお願いね」

「はい、分かりました」

「では、こちらへどうぞ」

「はい」と返事をし、私は店員さんについて行く。
奥のカーテンを抜けた先は細い廊下で、そのうちの一室に案内された。

蛍光灯の白い光がテーブルと椅子を照らしている。流し台の上には電気ポットが置かれていた。休憩室だろうか。

「お好きな席にどうぞ。荷物は椅子に置いちゃって大丈夫ですよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

「改めて、店長の吉田です。よろしくお願いします」

「川嶋夏希です。よろしくお願いいたします」

そう返事をして、私は履歴書と職務経歴書を手渡した。

「ではまず自己紹介からお願いします」

声が少し震えていた気がしたが、いつも通り答えていた自己PRを話す。

「分かりました。では、志望動機をお願いします」

「はい」

昨日あれだけ考えていたはずなのに、急に頭が真っ白になった。

「あ、えっと……」

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

「すみません、ありがとうございます」

呼吸を整え、私はゆっくりと言葉を紡いだ。

「私はずっと事務系で探していました。でもなかなか採用されず……。そんな時に、こちらの求人を見かけて、気になりまして」

「どんなところが気になったんですか?」

「“ちょっとした親切な心配り”という文が……」

「そうなんですね。ちなみに川嶋さんにとって、心配りとはどんなことだと思いますか?」

「えっと、ありがとうと言ってもらえること……でしょうか」

「なるほど」

店長さんの口元が少しだけ上がった気がした。

「うちのお店は、お客様から買取した商品を販売するお仕事です。小さなものから家具のような大きなものまで幅広いですね。アルバイトの方に出張買取まではお願いしませんが、それでも接客の機会は多いです。お客様に“また来たい”と思っていただくための心配りが、スタッフには必要になります。」

「川嶋さんは接客未経験のようですが、そのあたりは大丈夫そうですか?」

「採用いただけたら、一生懸命頑張ります。最初は迷惑をかけるかもしれませんが……本当に、一生懸命やります」

「分かりました。では次の質問です。
川嶋さんは、誰かに心配りをしてありがとうと言われたことはありますか?」

「えっと、それは……」

視線が自然と下へ落ちた。
その瞬間、以前のお婆さんのことを思い出し、その出来事をゆっくりと伝えた。

店長さんは焦らせず、時間をかけて聞いてくれた。他にもいくつか質問があり、面接は終わった。

面接後、店長さんとスタッフさんに挨拶をして店を出る。

外は薄暗く、風が冷たい。寒い……。

最初のほうは「頑張ります」しか言えなかった。販売も未経験、レジも触ったことがない。本当にできるのだろうか。

でも、きちんと話せた。店長さんの柔らかい笑顔を思い出す。そして、質問から逃げずに答えられた自分を、ほんの少しだけ誇らしく思った。

そういえば、退職理由を聞かれなかった。いつも必ず聞かれるものだと思っていたから、不思議だった。

冷たい風にあたりながら、私は自宅までの道をゆっくりと歩き始めた。