短編・連作小説 深呼吸の大切さ

川嶋夏希 第4話 深呼吸の大切さ

午後になり、杉山さんが出勤してきた。
「杉山くん、おはよう。今日は久しぶりに三人体制だね。」
店長が軽い調子で言うと、杉山さんが少し眉をひそめた。

「店長、今日の14時から倉庫の会議室で会議ありますよ。」
「あ、そうだっけ。杉山くん、ありがとう。」
「はぁ……もう少しスケジュール管理ちゃんとしてくださいよ。」

店長は会議資料を探しに、慌ただしく奥へ戻っていった。
「倒産しかけたこの店を立て直した凄い人なのに、性格はあんなだからな。」
杉山さんが小さくつぶやく。

「買取や修理の知識に関してはレジェンドですからね。
最初に入ったとき、これも買い取れるんだって驚くことばかりでしたよ。」
私も笑いながら返した。

しばらくして、中年の男性が険しい表情でカウンターにやってきた。
手には、中古のワイヤレスヘッドホン。

「これ、買ってから3か月しか経ってないのに音が出なくなったんだ。
最初は動いてたけど、そんなに使ってないんだよ。修理して欲しい。」

「お持ち込みありがとうございます。……レシートを拝見しますね。
こちらの商品は中古品で、保証期間は1か月となっておりまして……」

「少ししか使ってないんだぞ。中古だからってこんなすぐ壊れるのはおかしいだろ!」
男性客の声が大きくなる。店内には他のお客様もいる。

杉山さんと目が合い、私は会計をこなしながら様子を見守った。
杉山さんは落ち着いた声で説明を続ける。

「部品の交換や点検も可能ですが、費用はお客様負担になってしまいます。」
「結局また金を払えってことだろ?ひどい店だな!」

杉山さんは一度小さく息を吐き、まっすぐ男性客を見た。

「ご不便をおかけして申し訳ございません。
こちらとしても、お客様に安心して使っていただきたいんです。
ですので、今回は特例として、店側で点検・修理費用を負担させていただきます。」

男性客の表情が少し和らぐ。
「……そうか。それならいいよ。悪かったね、声を荒げて。」
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました。
数日お時間いただきますが、ご了承くださいませ。」

男性客はそのまま帰っていった。
店内が静かになり、私はほっと息をつく。
他のお客様に「先ほどはご迷惑をおかけしました」と伝え、会計を済ませた。

お客さんが帰ったあと、杉山さんがぽつりと言った。
「まあ、このくらいで済んで良かったかな。」
「杉山さん、ありがとうございました。お疲れさまでした。」

そう言い合ったあと、店内には心地よい静けさが戻った。
私は大きく深呼吸をする。
胸の奥に溜まっていた緊張が、ゆっくりと吐き出されていく。

その空気と一緒に、気持ちが少し軽くなった気がした。
杉山さんは文句も言うけれど、やっぱり自分が店長だろと言うだけあって頼りになる。
改めてそう思った。

あとがき

緊張や不安を感じたとき、深呼吸をすると自律神経が整い、気持ちが落ち着くと言われています。
「4秒吸って、4秒止めて、8秒吐く」
このサイクルを一度試すだけでも、呼吸は不思議と楽になるそうです。
私もまだ出来ないない事が多いですが、これからはほんの少しでも肩の力を抜ける時間を持ちたいです。

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