開店前の店内は、とても静かだ。
電気をつけ、パソコンを立ち上げて、少しずつ準備を進める。
10分ほどして、ドアノブが開いた。
「おはようございます、川嶋さん。今日もよろしくお願いしますね〜」
ふんわりした笑顔とともに、水谷さんが入ってくる。
「おはようございます、水谷さん」
水谷美空さん。私より年上の主婦スタッフだ。ちょっとユニークだけど優しい人。
出勤日や時間が限られているので、同じシフトだと少し嬉しい。
私は会釈してメールチェックに戻り、引き継ぎ事項を目で追った。
その間に、水谷さんは軽やかに掃除を進めている。
定刻になり、自動ドアのスイッチを入れる。
今日も一日が始まった。
午前の店内は来客も少なく、穏やかな空気が流れていた。
そんな中、水谷さんがフィギュアを覗き込んでぽつり。
「ねえ、この馬のフィギュア、杉山くんに似てない?」
黒い毛並みの馬。最近の買取品だ。
「えっ……馬ですよね? 似てますか?」
思わず笑うと、水谷さんは真剣な顔。
「真面目そうで、でも目の奥が深そうな感じがそっくりじゃない?」
私は改めてじっと見る。
「……まあ確かに、そう言われると、そうかもしれませんね」
曖昧に返しつつも、妙に納得してしまった。
そんなやり取りの最中、親子連れが来店した。
小学生くらいの男の子とお母さん。
「自由研究の題材を探していて……何かありますか?」
母親が切り出すと、水谷さんが工作セットなどが並ぶ棚へ案内する。
だが、男の子は足を止めて、例の馬のフィギュアをじっと見ていた。
「お馬さん、好きなの?」
水谷さんが声をかけると、男の子はこくりと頷く。
「種類を調べたり写真を貼ったりすれば、立派な研究になるかもしれないわね。
うちの子も昔、図鑑を使ってまとめたことがあるのよ。まあ、馬じゃないけど」
中古の動物図鑑も勧めると、男の子の目がきらりと輝いた。
その後、親子は馬のフィギュアと図鑑を一緒に購入。
「ありがとうございました、また来てね〜」
と水谷さん。
お見送りのとき、男の子はとても嬉しそうに笑っていた。
私は心の中で「やっぱり水谷さんらしいな」と思いながら、買取業務に戻った。
「馬って、自由研究に向いてるんですね」
「馬好きな子は意外と多いのかもね。やっぱり杉山くんだったわ、あの馬。真面目で、奥が深い感じ」
そうですか……?
と思いつつ、ちょっと笑ってしまう。
時計を見ると、そろそろお昼。
そのとき、ドアノブが開いた。
「おはよう、今日も暑いな」
額の汗を拭いながら店長が現れる。
「おはようございます、店長。……もうお昼なんですねぇ。じゃあ私はこれで帰りますね。お疲れ様でした」
水谷さんが笑顔で帰っていく。
「お疲れさまでした」
私は手を止めて見送った。
ほんわかした空気の余韻が残る店内で、また新しい時間が始まる。
――あ、店長に似てる動物も聞いておけば良かったな。
そう思いながら、私は業務に戻った。
**あとがき**
午前中の静かな時間に交わす、ちょっとした雑談。
それは仕事中でも心を和ませてくれる。
川嶋さんにとって、水谷さんとのやり取りは「肩の力が抜けるひととき」なのかもしれません。
この二人の空気感は、このまま大事にしていきたいと思います。
※登場した馬のフィギュアは、黒く艶やかな「フリージアン」という品種がモデルです。
気になった方は、ぜひ調べてみてください。
そして、水谷さんが例えに出した杉山さんは、第4話「深呼吸の大切さ」に登場しています。

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