短編・連作小説 衣替え

朝、窓を開けた瞬間に感じた風が、少しだけやわらかくなっていた。
あんなに鳴いていた蝉の声も、今日は遠くでひとつ聞こえるだけ。
「やっと涼しくなってきたな。夏も終わりかな」
そう思いながら、カーテンを揺らす風を見つめる。

2週間前に屋上で見た花火の残像が、もう懐かしく感じる。
あの時、店長の軽口とか、杉山さんがぼそっと言った「来年もいいかもな」とか。
派手な思い出ではないけれど、なんとなく温かい。

休みの日。
「まだ暑い日も多いと思うけど、秋物も少し出しておかないとね」
よし、少し衣替えしよう。布団も秋用のを干そう。
温かい紅茶を飲み終わったら始めよう。

でも、急に暑くなるし半袖も残しておかないとね。
最近は秋が短いから。
夏のあと急に冬になったりするし。

ほんと、体調には気をつけよう。

こうして私は途中休憩を挟みながら、少しずつ衣替えの作業を続けた。

夕方になると、窓の外が少し赤く染まっていく。
日が沈むのが早くなって、街のざわめきもどこか静かになってきた。
秋がもう、すぐそこまで来ている。

「来年も花火、見られるのかな」
なんとなくつぶやいて、ベランダの空を見上げた。

よく考えたら、最近は旅行にも行っていない。
夏っぽいことか。
一応、花火大会も夏だよね。
あの夜よりも少し涼しい風が、頬をなでた。

「私、来年もここで働いてるのかな」
来年の自分を思い浮かべる。
少しだけ、未来がぼんやりと霞んで見えた。

そうして、私はまた、明日からも日々に戻っていく。

特別なことはなくても、こうして季節の移ろいを感じられるだけで、今は十分だと思えたそんな1日だった。

あとがき

夏の終わりって、ちょっと切ないけれど、どこか安心しますよね。
川嶋さんにとっても、派手な夏ではなかったかもしれませんが、静かに季節を見送る時間はきっと心を整えるひとときになっていると思います。
こういう何も起きない穏やかな終わり方も、休日らしいなと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました