40.5話 水谷さん番外編とあとがき

番外編 水谷さんと橘さん

「こんにちは〜。橘さん。 お久しぶりです」

「あ、水谷さん。久しぶり!」

職場からは離れたとあるカフェにて懐かしい声が響く。

「橘さん、赤ちゃん生まれたんですよね。おめでとうございます〜」

「ありがとう。女の子なのよ。もう少し大きくなったら、今度ぜひ連れてくるね」

「わぁ、ぜひ会いたいわ!」

弾む声と一緒に、あらかじめ用意していた軽めのお祝いのお菓子をそっと手渡した。
彼女の笑顔を見ていてふと、私の記憶は、少し前のあたたかな春の日に巻き戻されていった。

それは、まだ桜の余韻が残る春の日のこと。
橘さんから「子育ても少し落ち着いたから、久しぶりにランチでもどう?」とLINEをもらったのがきっかけだった。

同じ会社に籍を置いていても、勤務時間やシフトの関係で、私たちが職場で顔を合わせることはほとんどなかった。
それでも、最初に出会ったあの頃と同じように、私たちは今でも自然と苗字で呼び合っている。

ここではない別の場所。
私は油絵を描いていて、その展示会に参加した日のことだった。
絵に詳しくないその女性が、私の絵をとても気に入ったと話してくれて、気づけば時間を忘れて話し込んでいた。それが橘さんだった。

今の職場を紹介してくれたのも、橘さんだ。
私がちょうど時短で働けるところを探していたと話したら、
「アパレルの買い取り経験があるなら、私の職場はどう? 私はもうすぐ退職しちゃうから人員的にも心配だし、時短はわからないけど募集はしているはずよ」

彼女の言葉に背中を押され、私はあえて「橘さんの紹介」とは伏せて面接に挑んだ。
午前中だけの短いシフトだったけれど、無事に合格。
私とこの職場の縁を繋いでくれたのは、間違いなく彼女だった。

「川嶋さんっていう、すごくいい子がいるの」
採用が決まった時、橘さんはそんな話をしてくれた。
「一生懸命なんだけど、ちょっと自分に自信がなさそうな子で。でも、明るい水谷さんとなら、きっとすごく良いコンビになれると思うな」

初めて川嶋さんに挨拶をした日のことを、今でも鮮明に覚えている。
大人しそうな女の子が、緊張で少し肩を硬くしながら、それでも精一杯の笑顔で接客を頑張っていた。
接客業は初めてだと、照れくさそうに教えてくれた。

でも、言葉を交わしていくうちに、私はすぐに川嶋さんのことが大好きになった。
彼女のひたむきさ、誠実さには、人の心を惹きつける特別な何かがあったから。

お洒落なカフェでランチを食べながら、橘さんとの会話は自然と今の職場の話、そして川嶋さんの話へと広がっていく。

「最初の頃は女性が私だけだったからさ、水谷さんが入ってくれて、川嶋さんも安心したと思うわ。なんとなくだけどね」

「私も川嶋さんがいてくれたから続いているのかもしれないわ〜」

その後は、先輩ママである私から橘さんへ、子育てのアドバイスを少しだけ伝授したりして、時間はあっという間に過ぎていった。

「今度またご飯に行く時は、川嶋さんも一緒に誘いたいね」
どちらからともなくそんな言葉が出た。

「うん、ぜひ。三人で集まったら、もっと楽しくなるわね」

私は橘さんを見送った。

(近いうちに、川嶋さんに声をかけてみようかな)

そして私は自宅に向かって歩いていった。


あとがき

凪月桐です。
早いもので川嶋さんシリーズも、おかげさまで40話まで来ることができました。
毎回書いているかもしれませんが、自分でもこんなに続くとは思っていなかったので、今でも驚いています。

今回の番外編は水谷さんと橘さんのお話を書きました。
接点のない二人でしたが、実は知り合いでしたというお話です。
水谷さんがどのような人なのか、彼女目線で書くことがなかったので新鮮な気持ちで書けました。

7月末から手探りで始めた短編連作ですが、週一投稿を目標に、ストックを作りながらなんとか続けてこられました。
本当にありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。

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