短編・連作小説 大雨と雨宿り

昼休憩を終えた平日の午後、店には私一人。  

店内が落ち着いていたので、店長は「ちょっと倉庫の整理してくるわ」と裏へ向かった。今は、控えめなBGMだけが静かに空間を満たしている。

私はレジカウンターの隅で、新しく入荷した商品の検品をしていた。
一つずつ手に取り、傷がないか確かめてから袋詰めをする。

「……あれ」

ふと顔を上げると、さっきまで穏やかだった空は見る間に鉛色に変わり、辺りはすっかり暗くなっている。

(降りそうだな。店長、大丈夫かな)

そう思った直後、バチバチと窓を叩く激しい音が響いた。バケツをひっくり返したような雨。予報にはなかった大雨だった。

スッ、と自動ドアが開いた。  
チャイムの音は激しい雨音にかき消されている。
入ってきたのは、三十代半ばくらいだろうか。紺色のスーツに身を包んだ、いかにも仕事中といった風貌のサラリーマンだった。

彼は入り口のマットの上で足を止めると、手早く傘をたたみ、申し訳なさそうに肩の雨を払った。

「すみません、ひどい雨で……少しだけ雨宿りさせてもらってもいいですか」

男性は私と目が合うと、軽く会釈をした。上着の肩がぐっしょりと濡れている。

「はい、大丈夫ですよ。ひどい降り方ですから、落ち着くまでゆっくりなさってください。タオルはありますか?」

私はそう言って、カウンターの下からタオルを探そうとした時、

「ありがとうございます。でもハンカチを持っているので大丈夫です。お気遣いすみません」

「いえいえ、どうぞごゆっくり」

「ありがとうございます」

男性はカバンから四角く畳まれたハンドタオルを取り出し、手際よく髪とスーツの水分を拭っていた。

男性は入り口付近に佇んで所在なげに外を眺めていたが、やがて誘われるように店内を歩き始めた。

整然と並ぶプラモデルやフィギュアの箱を、珍しいものを見るような目で見つめている。
私は商品加工の手を動かしつつも、その様子を少しだけ目で追っていた。

やがて、彼は足を止める。
そこは、コンテナの中に「レトロゲーム」が並んでいるコーナーだった。箱の角が少し擦れたゲームのソフトや、ゲーム機。
作業をしながら、私はそっと彼の様子を伺った。

「……あ」

小さな、独り言のような声が聞こえた。

男性はケースの中の一点をじっと見つめている。その表情からは、先ほどまでの「仕事中の顔」が消えていた。
彼はしばらくの間、コンテナの中の商品を眺めていた。

やがて、外の雨音が少しずつ弱まっていった。

視界を遮るほどの雨も収まり、景色がうっすらと明るさを取り戻し始める。

「……よし、そろそろ行けるかな」

男性は小さく呟いてレジの方へ歩み寄ってくると、私に向かって深々とお辞儀をした。

「雨、少し弱くなったみたいなので。これで失礼します」

「いえ、お気をつけて。まだ路面が滑りやすいかもしれませんから」

「ありがとうございます。……あの」

「さっきの昔のゲーム、すごく懐かしくなりました。ああ、昔これ持ってたな、って……。なんだか、少しだけ元気が出ました」

「それは良かったです」

「本当は、もっとゆっくり見たいんですけど。今は仕事中なので……。
休日に改めて、見に来ます。その時に何か購入させていただきます」

「そんな、お気になさらず。でも、ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」

スッ、と開いた自動ドアから、雨上がりの湿った風が入り込む。
男性は軽く礼をして、再び傘を手に街の中へと消えていった。

再び、店内にBGMだけが流れる。  
私は彼が立ち止まっていたショーケースの前に立った。そこには、古いドット絵のRPGソフトが静かに置かれていた。

(あの人と私、同じくらいの世代なのかな……)

そんなことを思いつつ、ふと足元に目を落とすと、男性の靴から滴り落ちた雫が床を濡らしていた。モップを取りにいきながら、私は裏の倉庫のことを考える。

ふと、裏の倉庫のことが頭をよぎる。

(店長、大丈夫かな。倉庫にいたら濡れることはないと思うけど、あの人は慌ただしいから、急に外に出たりしてなきゃいいけど……)

お節介な心配かなと思いつつ、私は明るくなっていく空と共に、軽く店内の掃除をした。


あとがき

突然の大雨。
天気予報では言ってなかったのにと、思うこともありつつ仕方ないですよね。
そんな時、今回のように雨宿り出来るところが近くにあったらいいのにと思う時があります。

今回はそんな雨宿りのお店で、仕事中に少しだけ元気をもらえた男性のお話を書きました。

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